●絵本をツールにした若者向けセミナー
●ざっくりいうと…
・若者向け就労支援で絵本セミナー
・さまざまな課題を抱えた若者の居場所でも
・やってみたくなる読み聞かせ
・絵本を通じて自分をみつめる
・答えがないことを考える
・違う視点に気が付く
★杉沢さんの動画:「絵本で世界を旅する」読み聞かせイベント@新宿
こちらから
絵本の読み聞かせは、幼児にするものと思われている。が、実は若者に対しても大きな効果がある。
臨床発達心理士の杉沢智子さんは、10代から20代の若者向けにも、絵本の読み聞かせを行っている。
最初、杉沢さんから話しを聞いたときは、どういうことなのかあまりイメージできなかった。若者たちに、絵本を読み聞かせて、果たして興味を持つものなのか? 疑問と同時に、とても興味が湧いてきた。
筆者自身、何冊か絵本を持っていて、その魅力を知っている。絵と物語が織りなす絵本は、小説とはまた違った世界感を描いているからだ。
若者向け就労支援施設で
昨年12月、杉沢さんが行っている地域若者サポートステーションさいたま(埼玉県さいたま市)での絵本を使ったセミナーにおじゃました。
ここでは、厚生労働省・埼玉労働局とさいたま市から委託を受け、15歳から39歳を対象とした就労支援を行っている。
働きたいけど、どうしたらいいのか分からない、さまざまな事情で仕事から離れたあと、また働きたい若者に対して個別相談やセミナーなどを行っている。

若者向けの絵本セミナーの様子
杉沢さんのセミナーは、12月18日に「絵本の魅力~絵本から考える他者の自己」というタイトルで行われた。当日はとても寒い日だったが、5名の若者が参加した。
杉沢さんは、何冊か絵本を紹介したり、読み聞かせをしたりしていった。
彼女が読んでいた一冊を紹介しよう。絵本「おおきな木」(シェル・シルヴァスタイン作)は、木が仲よしの男の子のために、果実、枝、幹を、身を削ってどんどんあげていく。男の子が大きくなって、木に興味が無くなっても、木は一貫して無償の愛を与え続けるという物語。最後に、木は切り株だけになってしまうが、それでも幸せを感じている。
シンプルながら、考えさせられる絵本ということで、子どもから大人まで世界中で親しまれている。作家の村上春樹さんも翻訳している。

「おおきな木」(シェル・シルヴァスタイン作、あすなろ書房、篠崎書林 他)
杉沢さんは、この物語について「木の生き方は好きですか?」など、質問していた。「答えはないんです。みなさん、それぞれ考えてください」
彼らは、いろいろ感想を述べていた。「木はやり過ぎだと思う」「少年はどんどん木から奪っていってひどいと思う」など。
さらに、参加者に読み聞かせをするように促すと、男性が自ら選んだ絵本を読んでいた。少し恥じらいながらの読み聞かせだったが、他の参加者は真剣に聞き入っていた。
不思議とやりたくなる、読み聞かせ
午後は、さいたま若者自立支援センタールーム(埼玉県さいたま市)にうかがった。ここは、中高生から30歳代までの不登校・ひきこもりや発達障害などの障害や、さまざまな課題を抱え将来への不安を感じ孤立しがちな若者たちの居場所。
多様なプログラムを通じてコミュニケーションを構築し「自立に向けた支援」を行っている。
絵本の読み聞かせ会は、リラックスできるプレイルームのようなところで行われた。8名ほどの参加者はクッションの上に座ったり、床に座ったり、思い思いのスタイルで物語に耳を傾けていた。

絵本「あおのじかん」を読む
何冊か読んだ後、杉沢さんが「読む方をやってみる?」というと、男の子が読み聞かせに挑戦した。すると、次々と他の人も読む役をやりたいと手を挙げていった。
声が小さいときは「もっと大きな声で」とアドバイスしたり、見えやすいように本の持ち方などを指導したり、杉沢さんはさりげなくサポートする。
中には思ったよりも長い物語で、読み続けるのが大変だった人もいたが、杉沢さんやみんなの応援もあって最後まで読み続けていた。
彼らが楽しそうに読んでいるのを見ていたら、筆者も読み聞かせをやってみたくなった。が、見学者だったので思い留まった。読み聞かせというのは、不思議とやってみたくなる魅力がある。
絵本を通じて自分をみつめる
杉沢さんは、昨年の夏から若者に絵本をつかったセミナーを行っているが、かなりの手ごたえを感じているという。

「あおのじかん」(イザベル・シムレール 作、岩波書店)空は水色から紺色へ少しずつ変わっていく…美しい絵が続く。
よく参加者から言われるのが「そういうことを考えたことがなかった」というセリフだという。
主人公の行動について、なぜいらいらする感情が起きるのか、主人公が好きとか嫌いとか考えてみたことがなかったという人が多いそうだ。
意外なことだが、絵本を通して初めて他者の生き方について考える人が多いのかもしれない。
「自分だったらどうするとか考えたり、絵本を通して、自分の感情に気づいたり、自分を客観視することによって、社会においての自分というのを考えたり、感じたりできるといいと思います。絵本なので、いろいろ勝手に考えられるんです」と杉沢さん。
このように、物語についてすぐに考えたりできるのも、絵本ならではのことだ。
短時間で読めるだけでなく、絵と文字によって、誰でも物語の世界に入っていきやすい。多くの若者はマンガに親しんでいるため、絵と文の世界へ、抵抗なくすっと入っていけるのだ。
また、読み聞かせによって、その場にいる人たちと物語を共有しているということも、心に響きやすいのだろう。人が読んでいる声を直接聞くことは、テレビやインターネットとは違う説得力がある。
いろんな種類がある絵本

「ことばのかたち」(おーなり由子作、講談社)もしも話すことばが目に見えたら…
さまざまな種類があるのも、絵本のおもしろいところだ。かわいい物語、考えさせる内容だったり、また美しい絵を楽しんだり、ゲームを楽しめる絵本もある。
彼女は毎回50冊ほど持っていき、反応を見ながら、その場に合った絵本を読み聞かせている。
絵本を選ぶ作業はとても楽しいと、杉沢さんは語っていた。
「子どものときに親に読み聞かせをしてもらったことがない人も多いんです。子どものときにできなかったことを、大人になってやってもいい。大人になって絵本を読んでもらって楽しいと思えば、いいと思います」
*紹介しているのは、杉沢さんおすすめの絵本です。
読む役をやってみること

「さよなら さんかく」(安野光雅作、講談社)連想遊びのわらべうた、しりとりの絵本
一方、自ら読み聞かせをしてみることも、大きな体験になる。
読み聞かせをするときは、相手に聞こえるように読む、内容に応じて声の調子を変える、見やすいように本をかかげるなどの工夫がいる。
読んでいるときは、聞いている人達の注目を浴び、そして、読み終わると喜ばれる。
「自ら選んだ絵本を、みんなの前で読む。このことは自信になると思います」と杉沢さんは話した。
答えがないことを考える

「おとなしいめんどり」(ポール・ガルドン作、童話館出版)優しかっためんどりが、最後にとった行動とは!?
最近、杉沢さんが気に入っている絵本は「おとなしいめんどり」(ポール・ガルドン作)。
この絵本の概要はこうだ。めんどりと、いぬ、ねこ、ねずみが、ひとつの家で暮らしていた。めんどりは働き者で、いぬやねこたちは何もしない。めんどりはひとりでせっせと小麦を育ててお菓子を作る。
そして、お菓子ができあがると、めんどりは「このおかしをたべる?」といいながら、いぬやねこの前で、お菓子をすべて食べてしまうのだった。
この物語を振り返ると、めんどりが、いぬやねこにお菓子を分けてあげなかったのは当然なのか? 意地悪なのか? いろいろ考えることができる。
「自分だったらどうするか。いい悪いと、白黒つけられないときに、自分はどう考えるか。答えがないことを、それぞれが考えることができます」と杉沢さん。
日常においては、白黒つけられない事柄の方が多い。絵本を通して、いい悪いではない答えを考える練習ができるわけだ。
違う視点に気が付く

さまざまな絵本を見る参加者たち
地域若者サポートステーションさいたまで紹介していた「おおきな木」の物語は、国によって解釈がいろいろとあるそうだ。
日本だとやさしい木と、わがままな男の子という感じで捕らえられることが多いようだが、欧米では木はわがままだという見方もあるという。
「国によって、人によって評価が変わる。視点が違う。それに気づくことは、ひとつのステップアップだと思います」
本来なら、実際に人と接して視点の違いに気づく方がいいのかもしれないが、人を相手にするのはけっこう難しい。コミュニケーションが得意でない若者にとっては、かなりハードルが高いだろう。
「絵本なら、疑似体験できるんです」と杉沢さんも話していた。
絵本の登場人物について、あれこれ考えたり、意見を言っても、だれも傷ついたりしない。絵本を通して、いろんな考え方、視点があることに気づくことができる。
このように、絵本をツールにすると、さまざまなことができる。実際に若者たちが絵本に親しむ様子を見ていて、可能性の高さを感じた。
絵本の読み聞かせは、非日常の空間を与えるのだろう。若者だけでなく、大人、シニアにも、さまざまな視点をみつけたり、コミュニケーションを深めるツールになるに違いない。
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(取材・まとめ “得る”Cafe事務局 いとう啓子)